どうして歯科技工問題は解決しないのか  ②  ~権力構造の問題~

技工問題

技工士の減少および高齢化に歯止めがかからない。この憂慮すべき状況を厚労省、日本歯科技工士会、日本歯科医師会も把握し対策も練られているようだが、目に見えた効果はもちろん、回復の兆しすら見いだせないでいる。今回は、技工物の受注をめぐる闇について書いてみたい。

常に歯科医の風下に立ってきた技工士

 歯科技工問題の2回目です。多くの国民がご存じないのと同じく、おそらく歯科衛生士、歯科助手など技工に携わらないコ・デンタルスタッフですら認識は甘い気がします。このシリーズをはじめて目にされる方は、まずプロローグからご覧いただきたい。

歯科医は技工士に憎まれている?

 日本技工士会(以下、日技)の元役員とつながりのあると見られるフリージャーナリストが、かつて歯医者憎しとばかりに週刊誌に論陣を張り、如何に歯医者は技工士を安い料金で酷使し、人間的にもひどい扱いをしてきたか、また人気脚本家がMCをつとめるラジオ番組では、若い技工士たちに歯医者の悪口を言わせたりと、ネガティブキャンペーンを展開して少なくない歯科医がこれを怒り、憂慮したのだが、かのジャーナリストの弁説がムーブメントを起こしたわけでもないので、ここでは語らない。
 しかし彼の心の底に沈殿する歯医者への憎しみは、いったい何に根ざしているのであろうか。

技工料金を値切る

 歯科医院経営に於ける経費のうち、大きなウェイトを占めるのが人件費と外注技工費である。昨今は歯周病のメインテナンスで糊口をしのぐ医院も増えてきたから、衛生士の確保は人事に於ける最重点課題なのだ。特にか強診、SPTに関連する加算要目の売り上げを目論んでいる歯科医にとっては、衛生士の数的確保は絶対だ。衛生士も離職率が高いのに加え、少子化で新たに世に送り出される弾数も少ないから給与は高くなる傾向にある。そしてなにより、人件費は売り上げに関係なく定額で支払われる固定経費費であるから、雇った人材をフル活用(酷使)して売り上げを伸ばすことになる。しかし、修復補綴に収入の多くを依存する診療報酬体系では、どうしても売り上げに比例して増加する変動経費──とりわけ外注技工費が利益を圧縮しているような気になってくる。そう、歯科医院を経営した者ならば理解できると思うが、保険では利益があがりにくい時代、発注する見返りとして技工料金の値引きを迫る歯科医も珍しくはない。

2016年 全国保険医団体連合会 「保険技工物の現行料金と希望価格」

 上表は全国保険医団体連合会(以下・保団連)が、全国の約1万1千の技工所を対象に行ったアンケート調査の一部である。データを引用するにあたり、いくつか問題点はある。調査主体が厚労省や歯科医師会、技工士会ではなく保団連であること、アンケート形式であること、調査当時と点数が異なることを割り引いても、現時点での理解には十分に役に立つと思われる。何故なら、技工物の保険点数アップは主に、貴金属価格の反映であることがひとつ。もうひとつの根拠は、調査対象数(n)が十分多いことである。次回記事で後述するが、私が知る限り、技工士の現状を示すデータのうち、有意性が高いもののひとつとして採用した。
 これを目にしたときの感想は、「こんなものだろうな」というのが正直なところ。表の右から2列目「×70%」の意味をご存じない方のために申し上げるが、これは昭和期に時の厚生大臣が明言した、「技工料金は診療報酬の7割を目安とする」を反映したものだ。つまり歯科医が本来ラボに支払うべき金額は上表の「70%」もしくは「希望」が適正であることになる。しかし実態価格はだいたい30%オフといったところのようである。
 さらに現実はもっと過酷だ。8割以上ものラボが一人親方であり、当然、職人気質で口下手だったりと営業力の弱い技工士も少なくない、いや、むしろ多いと思う。となると中堅~大手の技工所が受注する機会も多く、周辺の都道府県へも食指を延ばす技工所さえある。しかし、たとえ大量に受注したとしてもラボで抱えている技工士の数が増えるわけではないので、下請け、孫請けに仕事を下ろすことになる。これを担っているのが、営業力に乏しい一人親方のラボであることは想像に難くない。
 以下、伝聞を文字に起こすが、職種も地域も異なる複数人からの言葉であるから確度は高いとお考えいただきたい。下請け構造の最底辺にいる技工士は、FMCを¥500、レジン前装冠を¥2,000でうけていると聞く。実際、新規にクライアント獲得を目論んで私の診療所を訪れた技工士が、前装冠を¥3,000で作ると言っていたことから、決して誇張ではないと思われる。

Q 歯科技工物が低価格になる原因について 2016年 全国保険医団体連合会

 このように歯科医は、ラボ間の顧客獲得競争があるが故に、熾烈な値引き合戦の恩恵に浴してきたのかもしれない。歯科医師会の会合やスタディグループでの情報交換で、実勢価格より高い技工料を支払ってきた歯科医は、自分の外注先に値引き交渉を行うのであろう。他がこれで食えているから、お前んとこも値引きしろよ、と。上図にもあるように、歯科医からの値引き圧力が、技工料金が低迷する原因の2位に挙げられ、診療報酬が低いことより上回っていること、私も同じ歯科医として胸に刻みたい。

ヒエラルキー(権力構造)、カースト下位の立場

 どんなに廉価で技工物を納品されたとして、それが患者の口腔内にセットできなければ歯科医の収入にはならない。散々に手こずって、貴重なアポ時間を費やした挙げ句に再印象→無報酬では歯科医もやりきれない。患者は「いい人」ばかりではない。遅刻常習、無責任、クレーマー、時に女性スタッフへの性的興味から訪れる変態すらいる。故に、治療がうまくいかなければイライラもする。私もかつては感情がもろに顔に出たものだ。
 ましてや利の薄い保険診療ばかりに身をやつしている時に、技工物が入らないとなると、技工士のせいにしがちである。しかし、保険技工のすべてを自作している私の感想では、技工物がセットに至らない原因が技工サイドにあるケースは1割にも満たず、主に形成、印象、石膏模型に原因がある。なのに私が最初に勤務したところの院長は、再印象、再製作になると、即座に電話で担当技工士を呼び出して怒鳴りつけていたが、とんだ濡れ衣である。

歯科医と意思疎通ができるか   2016年 全国保険医団体連合会調べ

 上表は発注元の歯科医と十分な意思疎通ができているかへの問いに対する回答だが、半数近くの技工士が上手くコンセンサスを得られていないことが読み取れる。まさに主従関係。大時代的な旦那様と使用人の関係である。
 以下に、値引き以外の例を挙げよう。

無理ゲーな設計

 当診療所の自費技工を外注している中堅ラボの社長が、勤務先を辞めるきっかけになった症例である。下顎左右の小臼歯45を支台にして7〜7のフルブリッジの指示があり、無理であることを営業も兼ねていた社長に上申したところ「とにかく先生が作れって言ってるんだから、やれよ。金になるんだからさ」と返された。他に私が目にした症例では2,4支台のジルコニアブリッジ、3〜3の有床ブリッジ(可撤性ではない!)など枚挙にいとまがない。真面目な技工士なら精神を病んでしまう。

根本的に下手くそ 

 クリアランス不足、アンダーカットを残す形成をする先生は根本的に自分の仕事を検証する視点がない。だから自身の人としての在り方さえ見つめないから、永遠に下手くそのままである。形成もさることながら、印象面のチェックが甘い、スタッフに石膏の注ぎ方も教えられないし、自分でもまず無理。このような先生との付き合いは早晩、破綻するはずであるから、さっさと撤退したほうが得策である。

無理な納期

 自分が保険技工する場合、自身に課している納期は『中6日』、つまり印象から一週間後のセットである。技工所へ外注するのと違い、運送の手間が無いからに他ならない。しかし、ロングスパンの前装ブリッジだと中6日でも厳しい。なのに「簡単な修理だから明日納品できるよね?」とか、スタディモデルから義歯完成まで一週間とか、午前中に印象→午後にセットなど、耳を疑うような話が珍しくない。だから私が歯科医に自家技工を勧める理由の一つが、技工の複雑なシークエンスを理解し、技工士と彼らのプロダクツに敬意を払ってほしいことにある。
 前述のラボには、納期は先方の「言い値」で良いことにしているし、また別の矯正専門ラボでは、自分でも数時間あれば製作可能なクアドヘリックスやホールディングアーチは納期に二週間を要する。生体内に入り永く機能するのであるから、本来ならばこれでいい。やっつけではいけないことは小学生でもわかろう。

再製

 以上のようなアホ外注で製作された技工物は長持ちしない。クリアランス不足なら穴が開くだろうし、アンダーカットを乗り越えてセットされた高級バケツ冠(笑)は歯周病や二次カリエスの原因となる。設計が無理なら破損や支台への不都合となって跳ね返ってくる。
 それを「長持ちしなかったのはお前のせいなんだから、再製は無料だよな当然」とくる。泣く泣く受けるか、撤退するかは各自の判断になろう。
 しかし蛇の道は蛇。歯医者の無知無能を逆手に取って、小ズルい商売している中堅以上のラボも存在する。まさに技工士自身が生み出している闇であるわけだが、それについては次回!

コメント

タイトルとURLをコピーしました