どうして歯科技工問題は解決しないのか⑤~本質はお金の問題~

技工問題

歯科技工が危機に瀕していることは業界人なら常識である。問題の本質が何に根ざしているかもわかっているはずだ。なのに誰も問題の本質へ斬り込もうとはしないのはなぜなのだろう。今回からお読みになる方は、まずはプロローグからご覧ください。

厚労省が推進する技工士確保対策

 霞が関の厚生労働省で働く人々(技官は違う)は、国家公務員のなかでもとりわけ難関な甲種採用試験を突破してきたエリートである。そんな優秀な頭脳集団たる彼らに対し、歯科医師会、歯科技工士会は連綿と歯科医療保険の改善を訴えてきたわけであるが、有効な打開策は未だ見いだせていない。
 それは厚労省の官僚に聞く耳がないわけではなく、あるいは怠慢だったわけでもなく、現状を把握する能力に欠けていたわけでもない。彼らにだって、こんなことは百も承知のはずである。なのに、なんら抜本的な対策が採られぬまま放置(何もしなかったわけではないが、あえて放置と書かせていただく)されてきたのはなぜなのだろうか。

厚労省の歯科技工士人材確保対策

 厚労省は間違いなく、歯科技工士の不足が危機的状況にあることを把握している。その対策として一昨年から、『歯科技工士の人材確保事業』として実施団体を求めて公募を行ってきた。承認されれば補助金が交付され、複数の養成機関、都道府県歯科医師会が手挙げした 。

令和4年度歯科技工士の人材確保対策事業実施団体の公募について
令和4年度歯科技工士の人材確保対策事業実施団体の公募についてお知らせします。

 この事業に手揚げした団体のひとつが千葉県歯科医師会で、2022年1月23 日、シンポジウム『歯科技工士の未来! 再発見!』が開催された。
 業界一体となった画期的な事業、と高く評価する声もあるが、千葉県歯科医師会が補助事業を行うにあたり厚労省へ提出した資料から、いかなる問題を議論しようとしていたのか読み解いてみると、

直近の検討すべき事項
【歯科技工士の業務について】
・歯科医師と歯科技工士の連携を推進し(中略)患者に直接触れることも想定される業務も含め(後略)
・歯科技工士の業務内容の検討結果に応じた教育内容についても検討が必要ではないか。
【歯科技工士の業務形態について】
・CAD/CAM装置などデジタル技術を活用した歯科技工が増加傾向にある中、(中略)ICTを活用したリモートワークや歯科技工所間の連携について(後略)

「第2回歯科技工士の業務のあり方等に関する検討会」(令和3年12月23日)提出資料より 

 千葉市内のホテルで行われたシンポジウムに続き、昨年は私大歯学部でも開催されたようである。
 このシンポジウム、ネット上ではすこぶる評判が悪い、と言うよりは失望したという声が多かった。詳細は後述するが、わたし個人も似たような感想を持った。ただし、千葉県歯科医師会としては、やれることは精一杯やった、とは評価したい。技工士のやり甲斐、再教育、ネットを駆使した連携はこれからの技工シーンには不可欠だとは思う。しかし、問題の核心にして喫緊の課題である「技工士の取り分」についてはあまり語られていない。交付金をうけての事業であるから厚労省に遠慮したのだろうか、お釈迦様の手の内で弄ばれる孫悟空のように思えたのはわたしだけではあるまい。

争点がぼやけている、そうせざるをえなかった?

 実際にシンポを聴いたわけではないので、間違っているならご指摘いただきたいが、シンポジウムで提言されたことを要約すれば、
・技工士をチェアサイドに参画させて、業務範囲を広げる。
・デジタル技術を駆使して、不得意分野をラボ間で補完しあう、受発注をデジタルデータのやりとりでスマート化する
・技工士にスキルアップの幅を広げる勉強の機会を与える

となるであろうか。
 さらにザックリ言えば、技工士にやり甲斐を持たせて、デジタル技術で効率化する、ということだが、これまでのエントリで散々書いてきたように、問題の本質は技工料金が様々な要因で低く抑えられていることにあると思うのだ。乱暴な言い方だが、出すもの出さないで、やり甲斐を持て、という精神論だけでは、若者は技工士を志望しない

技工士は自分の仕事に誇りを感じている

 まずやり甲斐の問題から論ずる。
 忙しいだけの安い仕事で、貴重な人生を消費するのはわたしだって御免被りたい。濡れ手に粟とまではいかなくとも、正当な──労力に見合った報酬はいただきたい。そしてなにより考慮すべきは、健康に寄与する仕事に関わっている使命とも言える自覚を、多くの技工士が胸に抱いているという事実だ。

2018年歯科技工士実態報告書 日本歯科技工士会調べ

 上図を見ていただければわかるとおり、医療の担い手である自覚は高く、また、そうありたいと願っていることがわかる。つまり、ある程度は使命感に根ざした「やり甲斐」を感じているのではないだろうか。これを裏付ける調査が下表である。

2016年 全国保険医団体連合会 「仕事のやりがい」

 「やりがいある」、「ない」が拮抗しているが、「ない」、「その他」には、医療の担い手の一員としての自覚がありながら、そうなっていない現実から「ない」としているとも受け取れる。同時に、料金が安い、長時間労働、歯科医の言いなり、のようなネガをよく耳にするにも関わらず、半数近くが「やり甲斐あり」と答えたのには意外であったし、技工士の心意気を感じる。しかし裏を返せば、半数近くが「やり甲斐がない」と答えているわけで、ここに歯科技工問題の原因を求めることができるはずである。

技工士からやり甲斐を奪うもの

 以前にも示したが、下表をご覧いただきたい。

2018年歯科技工士実態報告書 日本歯科技工士会調べ

 紫~青の寒色が過半以上を占めている項目に注目していただきたい。それはすなわち、
・収入
・拘束時間
・社会的ステイタス

 技工士の不満は、上記3項目が突出して高いことになる。この三つは別個の内容を問うているようで、実はただひとつの事実を表しているのではないだろうか。すなわち、長時間労働の割に儲からなくて、人間的な暮らしが損なわれている、ということ。これに、横柄な歯医者との付き合いによる精神疲労が加わったら、私だってワックスカーバーを投げ出したくなる。
 しかし、厚労省の調査では、技工士は長時間労働でもなく、低賃金でもないことになっている。比較のため、労働集約性(手作業に頼る仕事)が高い職種の賃金と、技工士のそれを比較してみると、

 この調査を信じるならば、技工士の給与水準は決して低くはなく、労働時間が突出して長いわけでもない。グッピーなどの有料求人サイトでは、このデータを参考に技工士を募集しているフシさえある。しかし、厚労省のサンプリングには穴があって、所業別に賃金を調べる際に、企業規模が5人以上のラボに対して調査を行っている。上表は、まさにその最小レンジ5~9名の技工所に於けるデータなのである。そして安倍政権で打ち出された働き方改革により、規模が大きくなるほど労働時間は減少傾向にある。翻って言えばこの調査、ひとり親方が大半を占める技工業界の実態を示していない。この辺が、実態と乖離する原因になっているように思える。
 これを如実に示しているのが下記の調査である。

2018年歯科技工士実態報告書 日本歯科技工士会調べ

 上表によると、勤務者のじつに半数以上が、年収400万円に届かない。自営者ですら、年収500万に満たない者が半数を占める。公平を期すために申し上げておくと、中には一千万円以上もの高い年収を誇る者もいるが、いわゆる自費専でやっているか、最新機器の購入にかかる借入金の元本が収入に計上され、可処分所得はさほどでもないのではないかと推定される。
 また、「〇〇ラボのひとり親方は、高級輸入車に乗っていますよ」、などと技工士の低収入を疑う人もいるが、中古の輸入車を購入する動機として、新車ならば減価償却に6年間を要するところ、中古なら2年間の特別償却を利用して節税対策をしているのかもしれない。分かりやすく例を示すが、600万の自動車を購入したとして、新車なら年間100万円しか経費に計上できないが、中古ならば年間300万円が計上可能なのである。
 だが、これが高額な技工機器だったらそうもいかない。最新のミリングマシン、シンタリングファーネスにいくらかかるかを考えたら、その微々たる償却額は利益を圧迫する。それに何故か、歯科業界には中古のマシンがほとんど流通していない。減価償却や経費の計上は、基礎控除しかない給与所得者から見れば羨ましい限りだろうが、自営業には経営上の労苦がつきまとう、そのわずかな見返りで収入があがったとしても、これでは勤務者の方が身も心も軽いとは言えないだろうか。
 以上のとおり、いささか技工士寄りにデータを読んでみたが、仮に当たらないまでも、大きくはずしてはいないと確信する。

誰も議論しようとしない問題

 冒頭のシンポジウムの話題に戻る。
 先の会合では、①技工士のチェアサイドへの積極的参画、②新技術導入向けての再教育、③デジタル技術を駆使しての製作とラボ間の連携が提言の柱であった。しかし、肝心なことが抜け落ちている、いや、あえて見て見ぬふりしているのではないかとさえ思える。
 そう、技工料金の問題だ。
 技工士問題のキモは、お金の問題。もちろん技工士会は技工料金を上げてほしいと再三再四にわたって訴えてきたし、歯科医師会も診療報酬の値上げを陳情しているのは言うまでもない。しかし、それは絶望的なまでに望みがないことだと断言する。
 国家予算の三分の一を、国債という借金の返済に充て、それでも足らずに返済額以上の国債を発行し、そこにバブル崩壊以後の景気テコ入れに始まり、リーマンショック、東日本大震災、そしてコロナ禍と税収以上の予算を使わざるをえない現状に最も危機感を抱いているのは予算編成の総本山、財務省と財務官僚なのである。だから厚労省は、財務省のお手盛りで切り分けられた予算の中から、歯科医療費への割り当て額をまず決めなければならない。つまり、中医協が議論しているのは、この枠組みの中での予算配分でしかない。新機軸を導入しようが、ある処置を増点しようが、全体的を見れば診療報酬の総額は変わらない。
 一方、命に直接関わり、マスコミや国民世論にも影響されやすい医科の取り分はどうしても優遇されてしまうから、必然的に歯科の取り分は抑えられることになる。

 2025年、団塊の世代が後期高齢者となり、保険医療財政の逼迫が今以上に加速する。したがって診療報酬が増える見込みは、この先も絶望的だと思う。ならば、如何にして歯科技工を守ればいいのか。次回からは、その方策をみなさんと一緒に考えていきたい。
 つづく

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