どうして技工問題は解決しないのか【最終回】

歯科技工

 今回が本シリーズのまとめになります。「どうして解決しないのか?」は十分に述べてまいりましたし、【提言編】では身も蓋もないことを誰はばかることなく書かせていただきました。
 本ブログを、このエントリからお読みになる方は少数と思われますが、ここで扱う技工問題とは保険診療に於ける技工問題でありますので、オイラは自費専だよとおっしゃる方はスルーしてください。そうではなく、本エントリが初見の方は初回からお読みになることをお勧めいたします。

技工問題は、お金の問題である

 まず最初に、忌憚のないところを述べてしまいます。
 もう身も蓋もないことで、これを否定できる人はいないでしょう。しかし、業界にいる誰もが承知していることであるはずなのに、技工士会や歯科医師会はもちろん、歯科大学、技工士学校も「やり甲斐」とか「デジタルによる効率化」ばかりを叫んできました。
 ※技工士会会長だけは「純粋にお金の問題である」と業界誌上で言及しています
 歯科医師会も技工士会も、技工問題イコールお金の問題であることは十分に承知しているはずです。なのにお金の問題から目を背けているようにも見える、それは何故か──
 私が考える理由はふたつ。
 ①お金問題は解決しないとハナから諦めているから
 すなわち歯科医が受け取る診療報酬が低いからということになります。予てより技術料が軽んじられていることは業界周知の事実ですし、欧米諸国に比較しても低く押さえられています。これを打開するために、日本歯科医師会はかつてロビー団体として献金額で第二位を誇った時代があります。組織率が低下し弱体化した現在はどうかはわかりませんが、少なくとも故・木暮山人氏が歯科医の代表として代議士の座にあった頃はそうだったはずです。にもかかわらず、歯科医療費の伸びは平成四年を境に横ばい。これに業を煮やした日歯の臼田執行部が、自民党橋本派への不正献金事件を引き起こした──ことになっておりますが、無罪になった人もいて真偽のほどはわかりません。しかし、いくらお金を使おうが、国会に代議士を送り込もうが歯科医療費は低迷したまま。なにもしないよりマシだったと考える向きもあるようですが、カネと議員を使う方法は費用対効果からすれば虚しい。

 しかし、歯科医師会であれ大学であれ、組織のトップにある者としては結果を出したいわけです。どんな手段、いかなる形であれ。日産自動車が不振に陥った際、ルノーから招聘されたカルロス・ゴーンは、就任翌年に日産の財務状況を黒字化してみせましたが、なんのことはない、売り物になる部門(宇宙、保険)を切り売りして数字の上で黒字化してみせたパフォーマンス。各地で開催されれている『歯科技工の未来を考える』的なシンポジウムがまさにこれだと思いました。
 ②政府に忖度しているから
 臼田執行部による不正献金疑惑のあと、厚労省内の官僚──1人ないし多くても数人の者が、歯科医師会はけしからん、ペナルティを与えねばならないと考えたらしく、あの悪夢の18年度改定へつながったとされています。膨大なカルテ記載事項、煩雑な添付文書の発行、患者への同意の取り付けなど煩雑を極め、ひいては萎縮診療にもつながりました。しかし、問題なのは上表にあるとおり平成4年頃に何があったか、なのです。
 厚生局、厚労省のホームページ、関連団体の記録を探しても明確な記述はでてきませんでしたが、私ははっきりと記憶しています。歯科医師会上層部に、都道府県の医事指導科から、患者一人あたりの平均点数が突出している上位5%の歯科医を診療の内容如何に関わらず指導対象とする、との通達がありました。上から順に5%ずつ削っていかれるのなら、いずれ皆が指導対象になるのでは? と暗澹たる気分になったものです。
 ここで言う政府とは、与党のことではありません。明治維新以来、連綿とこの国を動かしてきた官僚機構のこと。ヘタに動いて虎の尾を踏みたくない、そんな心理が歯科医のマインドに作用したのではないかと推測しております。
 そして……
 ご存じのとおり、診療報酬改定があっても上げ幅は物価上昇分にも届かず、あるのは新機軸の導入。それも利権の臭いがふんぷんとする事例ばかり。古くは共産党にすっぱ抜かれたポリサルフォン義歯にはじまり、CAD/CAM冠、鋳造チタン冠、磁性アタッチメント──どれも誰かさんだけが潤っているのではないか? そして新機軸の導入のぶんだけ、どこかを削られていることを忘れてはなりません。

既に瓦解は始まっている

 コロナが去りつつあるある今、ようやく経済が回りだし、歯科業界も自らの足元を見る余裕が生まれてきたのではないかと思います。その寒い現状を以下にまとめてみます。

新人の技工士に未来を託せるのか

 技工士を志望する若者の減少に歯止めがかからず、それに引きずられて多くの技工士養成学校が閉鎖に追い込まれた現状を憂えた歯科医師会は、技工士学校の支援に乗り出しているようですが、はたして輩出されてくる新人さんに未来を託せるのでしょうか?
 大手ラボの採用担当の話を集約しますと、新人技工士は、
・3Dデジタルしかできない、やりたがらない。
・ワックスや石膏を扱うことは汚れ仕事だと思っているフシがある。
・なにか注意すると、すぐ辞める。
・そのくせ、給与や待遇はいっちょまえに要求する。

 程度の差こそあれ、大手ラボの意見はこんなもんでしょう。したがいまして、新卒の技工士を雇わない、雇いたくないという心理に陥り、結果として、せっかく国家試験に合格した技工士に、技工士としての就職先が見つからないという珍現象まで生じております(当県)。
世相とは残酷で容赦ないのが常。業界に魅力がないことが一番の要因ですが、それは「やりがい」なんかではないことは、当ブログをお読みになってきた方ならご理解いただけるものと拝察いたします。でなきゃ、入学偏差値が55に届かない国立大歯学部があったり、留年することなく国家試験に合格する私大の歯学生が3割程度という惨状が現出するはずがありません。

物価高と働き方改革がトドメを刺した

長時間労働が当然と思われてきた技工士の世界ですが、働き方改革で法制化されてしまえば、不当な長時間労働はペナルティの対象になります。このため、大手ラボに勤務する技工士の一日当たり作業時間は以前とは比べ物にならないほど短いはずです。これを受けて、納期は軒並み長く……中2週間なんてのも珍しくないようです(北関東某県など)。そして、これを受け入れない歯科医にはラボから総スカンを食らう未来がまっている。
加えて、技工料金のアップはラボにとっては外せない課題と思われます。

 もはや7:3などと言っていられないレベル。10ゼロでも足りないと言う声がチラホラ聞こえるようになりました。つまり診療報酬がドラスティクに増えない現状にあっては、歯科医にとっての補綴はトントンか赤字に転落していくのは確実でしょう。
  いやいや、安く作ってくれるラボもあるよ、とうそぶく先生も、そろそろ考え直した方がいい。これまでは大手の下請け、孫請けで食いつないできた個人ラボも、さすがにFMCを¥500、前装冠を¥1,500で受けるは自殺行為に等しい。
あらためて申し上げますが、歯科医も技工士も、もはやダンピングでしのげるほど、物価の上げ幅は容赦ないものになっております。本日(令和5年8月13日)、愛車にハイオクガソリンを給油しましたところ、リッターあたり190円に迫る高値。加えてこの猛暑で電気代がいかほどになるか……。ウクライナ戦争が終結し、30%ものベース電力を担ってきた原子力発電所が再稼働しないかぎり、補綴で利を得るのは不可能。なにせ、診療報酬は増えないのですから。

では、どうするか、どうしているか

 既に保険診療による補綴の瓦解は始まっている、いや、瓦解してしまった、と過去完了形で語ってもよいと考えますが、ラボ、歯科医がとれる方策を以下にならべてみます。
お断りしておきますが、ここで語ろうとしている打開策は、現実に我々がすぐにでも取りうるレベルのもの。政治や国民の意識改革や、保険から補綴を除外する、といった抜本的かもしれないが、夢物語のような方策ではあいので、あしからず

技工士

保険技工からの撤退

これは既に多くの技工士が取り組んでいるはずです。同時に歯科医も。やはり自費が多いラボには余裕がある。それを痛切に感じたのは、NHKの『サラメシ』という番組で、横浜の大手ラボの様子が紹介されていた時のこと、和気あいあいと、身だしなみのきちんとした技工士が、清掃が行き届いたラボで、レベルの高い技工物を作っておられました。
既に多くのラボが人口密集地、すなわちあるていどの富裕層が多く住まう地域に集まっているには間違いないことです。

しかし、長い付き合いのある先生に、「本日から保険技工は受けません」とは云いにくいもの。となりますればJR方式──ローカル線の赤字を新幹線の黒字で補填するような、自費を一定量出してもらえば保険もやりますよ。ただし9:1ですが、とかになりましょうか。この方式はすでにCAD/CAM冠を発注してもらえば他のも、で行われていますが、お国は突然の梯子はずしが得意。いつまでCAD/CAM冠で食えるかはわかったもんじゃありません。

協業化

全技工所の7割以上を占めるひとり親方、それも保険技工主体の人に、高額なミリングマシンやシンタリングファーネスを揃えられる余裕はありません。また時間的制約から営業活動もままならない。その場合、高額な機器を共同で購入する、共通の営業マンを雇うといった方策が考えられますが、対等レベルの技工士による協業形態でうまくいっているケースは稀。しかし規模のメリットを求めて、中堅〜準大手ラボ並の陣容で結集するのもありかとは思います。これに不可欠なのが、まとめ役の存在。いっそレベルの揃った技工士同士でラボを立ち上げるのもよいのかもしれません。前述のとおり、全国の技工士が値上げに踏み切るならば、保険でも多少の目はありそうです。
 また、協業化とはニュアンスが異なりますが、新卒の技工士が使えねーのなら、人手不足で且つ条件のよい大手ラボに就職するのも近道かもしれません。
 詳しくは前エントリに譲ります。


歯科医院に就職

 これは後述しますが、優秀な技工士の歯科医院への囲い込みは既に始まっています。待遇のよいクリニックがあれば、院内ラボの技工士として就職するのは安全策だと思います。余所の下請けで喘いでいるくらいなら、いっそクリニックに自分を売り込んでみるもの一手ではないでしょうか。

その他

巷の技工士をもっとも苦しめてきたのがダンピング。楽観的かもしれませんが、今後は値下げにも限界が来る予感がいたします。もっとも厄介なのが、県外から飛び込みでやってくる中規模業者ですが、彼らの下請け、孫請けを担っている技工士も高齢化が進んでまいりました。この業態、いつまでも続かないだろうと楽観していますが、みなさんの見解やいかに?

 海外へ販路を求めるのはナンセンスです。為替や運賃の関係でそう儲けを捻り出せないはず。しかし、技術の輸出はありですかね。一部のラボでは歯科後進国への技術移転で盛り上がっているようです。成功するといいですね。

歯科医師

技工士の囲い込み

 保険でも辛うじて利幅が大きいCAD/CAM冠を製作する装置一式を歯科医が揃えたところで、院内に技工士がいなければ保険請求することは細則で禁じられています。ならばいっそのこと、技工士を雇ってしまえばCAD/CAM冠が内製できます。さらにシンタリングファーネスや高周波鋳造機を備えれば、ジルコニアが内製でき、保険義歯の赤字も解消される可能性があります。ただし、技工士への給与をどれくらいにするかは各自の判断になろうかと思いますが、政府がメタルフリー化を進めている以上、院内ラボで3Dデジタル技工を内製するのは、危険が少ない投資と考えてよいかもしれません。

業態の改革

 やはり自費比率の拡大はマストになるでしょう。衛生士を揃えてメンテ重視にシフトする、つまり補綴に頼らない業態への転換です。ただしSPTが現状レベルで維持されること、衛生士が他業種へ流れないよう厚遇することが必要です。

自分で技工

仮に保険の技工テクニックを身につけられるなら大きな力となりましょう。利幅はもちろん納期などにメリットが生まれます。デメリットは可処分時間が減少すること、設備投資が必要なこと。まずはどこのクリニックにもあるCR充填用の光照射器を使って、レジンインレー、HJC、ハイブリッドインレーおよびクラウンから始めるのがよろしいでしょうか。自信がつけば順次、技工設備を整えていけばよろしいと思います。自費はもちろん外注です。

エピローグ

 この技工問題ブログは、わたしが書いたなかでは最長のシリーズになりました。ここまでお読みいただき心より御礼申し上げます。
歯科医と技工士の両方の立場で忌憚なく書いたつもりですが、読まれた方によっては不快に思われた方もいらっしゃるかもしれません。
また、技工士にまつわる記述には噴飯ものの内容があったやもしれません。その際はどうか遠慮なく、当ブログのお問い合わせフォーム、下記コメント欄からお知らせいただければ幸いです。
 ありがとうございました。

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