どうして歯科技工問題は解決しないのか③~技工士によるダンピング~

技工問題

安すぎる技工料金が横行するのは一部の傲慢な歯医者のせいばかりではない。そこにはラボ間の熾烈なシェア争いと、構造的な疲弊を逆手にとったハゲタカのようなビジネスが暗躍している。前回エントリでは、立場の弱さ故に、歯科医の値下げ圧力に屈せざるを得ない技工士側の悲哀を述べた。今回から読まれる方は、このシリーズの前回、前々回からご覧いただければ理解が進むものと思われます。

営業力の優劣が、技工所の運命を握る時代

歯科医と技工士の関係は、共利共生であるべきだ

 共生という言葉をご存じだと思う。別種の生き物同士が、互いに依存し合って生存競争を生き抜く戦略のことだ。イソギンチャクを背中に乗せたヤドカリは、イソギンチャクが持つ刺胞で捕食者から逃れ、イソギンチャクはヤドカリの背中に乗ってより餌の豊富な場所へ移動できる。アリとアブラムシの場合では、アリはアブラムシが尻から出す余分な糖分(甘露という)を得る代わりに、テントウムシなどの外敵を駆逐してもらう。このように、双方に利益がある共生を共利共生という。
 機能的で精度の良い技工物を納品し、その技術に見合った正当な対価を支払う──歯科医と技工士はまさにこの、共利共生関係にあると思ってきたが、Twitterに渦巻く怨嗟の声を耳にするにつけ、現実はわたしの理想論とは大きくかけ離れたものだということを知るに至った。

アブラムシから甘露をもらうアリ

 なにぶん診療報酬が安い。加えて材料費、人件費の高騰から、一定の利益を上げ続けるのは至難の業だ。このご時世だ、そうそう自費も増えないし、押しまくればGoogle口コミに「高い」、「ぼったくり」と書き込まれるのがオチ。
 商売の鉄則として、手っとり早く利益をあげるにはコストカットになるわけだが、借入金の返済や家賃、人件費といった固定費は、そう易々とは削れない。イーロン・マスクでもない限り、人員削減にもなかなか手を着けられないだろう。ならば変動費を削るとなるわけだが、水道光熱費の削減には限界がある。となると、変動費の多くを占める外注費がやり玉に挙がりがちなのだ。よく耳にするのが「今月は売り上げがあがったけど、あとでガッポリ技工代金にもっていかれるんだよね~」という声だが、ラボとの長い付き合いで構築された信頼関係ならば仕方ない、と割り切ってきたものを、昨今の経営環境の悪化は歯科医により安いラボを選択させる動機になっている。

レジン前装冠を¥3,000で作ります! と言う営業がやってきた

 隣町で新規に開業したラボ営業マンのセールストークだ。あとでわかったのだが、安値を武器に大量受注しているとのこと。弟が技工士で、兄貴がセールス専業なのだとか。個人的な感想だが、このパターン──営業に技工士の経験がないのはかなりヤバいケースが多いと思っている。

安かろう悪かろう

 実はこのラボ、事前にどんな技工物を作っているのか知っていた。
 数週間前、件のラボが作った前装冠を入れた患者が当診療所を受診していたのだ。愁訴は前装部の脱落。なんと、窓開け部分にリテンションビーズはおろか、維持溝もなく、唇側はのっぺりとした状態。これでは持つまい。どこで入れた冠なのかを聞き出し、芋づる式に件のラボを特定したというわけである。
 脱落したシェルも見せてもらったが、窓開部分に戻しても、歯頸部はオペークが露出しているわ、透明感は無いわで、アクリルのTEKのほうがまだマシというレベルだった。リテンションをつけないだけでなく、サービカルもトランスルーセントも築成せず、手間と時間を惜しんで“やっつけた”わけだ。
 考えてみればわかるのだが、安さを武器に大量受注できているのなら、隣町にまでセールスをかける必要はないはず。つまりクライアントを獲得したにも関わらず、早々に取引停止になったということだ。
 隣町で開業する知り合いの話では、複雑インレーは簡易分割模型で作っているとのこと。コンタクトがきつすぎるのはまだよいほうで、肉眼でも隣在歯とインレーの間に隙間が確認できるほどだという。安いにはそれなりに裏がある。

大手、準大手ラボの営業の場合

 同業諸氏には是非とも記憶に留めておいてほしいが、前述のように最初から「安くします」と売り込みをかけてくるラボは危険だと思う。前項のラボは論外だが、大手、準大手の営業までもが、安さを武器に営業をかけてくる。FMCや複雑インレーを実態価格よりちょっぴり安い価格で提供すると説明したタイミングで、わたしが、
「ウチは値引きを一切お願いしていません」
 と言うと、ギョッとした顔でしばらく押し黙っていたが、気を取り直してチタン冠やCAD/CAM冠のセールスを始める。早い話が、CKを安く受注する代わりに、高額投資をした機器で作る技工物を売りたかったのだろう。彼が提示した金額は、下記に示す最頻値付近だったが、せっかく高い収益性を見込んで機器を導入したのに、大手と言えど数を売らねば投資を回収できない現実を歯科医も重く受け止めなければならない。
 しかし、この技工所はまだ真面目なほうで、他の大手ラボではもっと耳を疑うようなことをやっているのだが、それを述べる前に、日本歯科技工士会(以下・日技)が2018年にまとめた技工料金の実態価格を下記に示す。nはやや小さいが、前エントリで紹介した保団協より詳細な分析になっている。
 なお、グラフの見方は下記の青太字を参考にされたい。

グリーンの帯は、厚生大臣が適正とした概ね70%価格帯
注1)材料費は含まれていない
注2)下請け(後述する)価格ではない
注3)技工物1個あたりの価格

2018歯科技工士実態調査報告書 日本技工士会 より引用 
2018歯科技工士実態調査報告書 日本技工士会 より引用

※グリーンの帯は、厚生大臣が明言した概ね70%価格帯
注1)材料費は含まれていない
注2)下請け(後述する)価格ではない
注3)技工物1個あたりの価格

県外からの売り込み

 時折、県外のラボから取引を持ちかけるダイレクトメールが届く。技工料金は実勢価格より安い。で、試しに外注すると安い割には出来がよろしく、品質が安い料金で担保されるならば、と継続的に外注する気にもなってくる。
 しかし、これにはカラクリがあるとされている。最初はラボでもトップクラスの技術を持つ者が製作し、取引先の信頼を得た後、徐々にキャリアの浅い者が製作を担当するようになる。当然、技工物の出来は落ちていく。しかし、この頃になると取引先の歯科医もすっかりこの大手ラボに頼りきっているから、あまり文句を言わない。そしてズブズブの関係になったところで、おもむろに値上げを打診してくる。
 このくだりは内部告発者からの口伝であるから裏は取れていないが、わたしが見聞きした実態からすると確度は高いと思われる。しかし、これが仮に真実で常態化しているのなら、非常に深刻で悪意の高いやり口だ。

安さを武器にアメリカ市場を席巻したT型フォード

 かつてアメリカのモータリゼーションを一気に進めた立役者、フォード・モデルT(通称T型フォード)は、大量生産による安さを武器に市場を席巻した。ライバル会社が価格競争に破れ消えていく中、市場をほぼ独占したところでフォードは値上げに踏み切る。偶然だとするアナリストもいるが、フォードの安売り、安作りが現在でも有名なのは間違いない。
 わたしにはダイレクトメールを送ってきた例のラボが、このT型フォードに重なるのだ。つまり、安さを武器に、他県の市場を土足で蹂躙し、多くの一人親方ラボを駆逐した後に、値上げに踏み切る──品質が担保されるなら、それも市場原理として受け入れようもあるが、はたしてどうだろう。

技工士の敵は技工士

 こんな大手もいる。とにかく料金は安い。そのカラクリは下請け方式の徹底だ。例えば大臼歯のFMCを破格の¥2,000で受注する。すると、それを¥1,500の納入価で下請けに出す、そしてさらに孫請けへ……と、こんな具合に、営業力を武器に、自らは取次手数料を得るビジネスモデルであるわけだが、公共工事を請け負う建設業にも見られる業態だ。
 このやり方は、自費ではかなり普及している。地方の小~中規模ラボで、大都市圏からの自費下請けで食いつないでいるところも珍しくはない。しかし、そこは自費、利幅が違う。問題なのは、もともと安い保険技工を、ことさらに安くする下請けシステムなのだ。  
 最終的に製作を受け持つのは、多くの場合、営業力に欠けるが故に食い詰めた一人親方ラボだ。耳を疑うような話だが、地方も職種も異なる複数の情報ソースから、下請け末端のラボはFMCを¥500で受けていると聞いた。これでは電気代すら出まい。それでも、元締めとなる大手ラボ(もはやラボとは言えないが)は盛業のようであるが、こんなやり口がいつまでも続くはずがない。実際に製作を受け持つ末端のラボは疲弊していき、業界から撤退していくはずだ。いわば使い捨てなのだ。技工士の敵は技工士であるばかりか、全技工所の7割を占める一人親方ラボを食い物にしているわけだから、歯科医はもとより、歯科医療インフラの敵だとも言えよう。¥500で製作されたFMCがどんなものか、一度は見てみたい気がするが、やめておこう。きっとため息しか出ないはずだ。

次回は、技工料金設定の根拠、診療報酬の闇についてです

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